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イギリスでの助産に関するコラムです


by babyinuk
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<   2004年 03月 ( 1 )   > この月の画像一覧

私が働いている病院は分娩ベット数が18室、オペ室2、水中分娩プール1もの収容施設があるにもかかわらず毎日満室で、スタッフの数も多いようで不足している。
病院実習での私の監督してくれることになったのはE-grade助産師のアナ。
彼女はオーストラリア訛りがあるものの、愛想良くやさしく説明してくれるのでとてもありがたい。

今日初日に受け持ったのは35歳の経産婦さんだった。
3歳の息子さんがいて、今回は頸膣分娩での分娩を希望された。
前は帝王切開だったので、分娩には特に配慮が必要だった。
アナがバースプランを見て、生徒が分娩介助に携わることに言及してないから、お母さんに聞いてそのまま介助してもOKなら、介助させてもらおうということになった。

出生前での面識はなかったので、もしかしたら分娩中に気が変わるかもしれないけど、それでもOKならいてもいいということで了解を得た。
ほっと胸をなでおろし、分娩監視装置をお腹に巻いたり、いろんな備品を整え、そうこうしているうちに二時間ぐらい経った。

監視装置を見ながらバースプランに目を通すと、アナがただ見落としただけでちゃんとバースプランには”最小限のスタッフでの分娩とNo student"と書いてあった。
『(アナッ・・・・・ちゃんと見てよ~)』
顔が引きつりそうになったのを堪え、気が変わらないようにと思いながら介助した。

夜の10時まで約10時間ほど経過した時点で子宮口は全開大になった。
この間、嘔吐を繰り返したり、ガス&エアーでの痛みの緩和だけでは、耐え切れず硬膜外麻酔で痛みを緩和。
あと子宮口が下に下がっているのと、膣から出血が見られる点でハイリスク出産となり、婦長だけでなくドクターなど含め何人も病室に診察しにきた。
そしてようやく、赤ちゃんの頭が見え、赤ちゃんが出てこようとする瞬間・・・


(その数分前・・・・)

子宮口が全開大になる前に、実は羊水に混じって出血が見られた。それに、胎便らしき粘液もみられたので出産時には吸引が必要だった。あともう二・三回の陣痛後には頭がでてきそうだったが、膣周りの進展があまりよくなかったので、会陰切開したほうがいいだろうと婦長や産科医と話していた。

私はお母さん側から言うと左側、上司のアナは右側で介助をしていたが、ポジションを交代してもらい、私が左側に変わり、赤ちゃんを取り上げる準備に取り掛かった。

責任感と重圧が一気にのしかかったきた。

手袋を滅菌製に変えたほうがいいというので、急遽今までしていた手袋を外し、棚にある滅菌製の手袋を装着しようとして、棚の中を見た。
『(どっ・・どれが・・・Lサイズ?)』
棚にはいろんなタイプの手袋があり、今日が初日の私にはどれがSサイズでLサイズかわからなかった。こんな時に上司に聞くのも恐れ多く、一番手前にある手袋を取って開けてみた。
『(えっ・・・S・・・・) 』

Sサイズであったが時間がないので、装着することにした。ついさっきまで手袋をしていたせいか、汗で濡れてなかなかスムーズに手が入らない。手が入っても、指先までなかなか通らない。モニターを見ると、また陣痛がやってきそうだった。時間がゆっくりと一秒・二秒と過ぎていった。焦る気持ちを抑えながらも、指先まで上手く指が通らず、
しかたなく指先まで通らないままの状態で戻った。

自分の右手を会陰部分の保護を目的で、その前に持ってくると、病室の照明が、指の通ってないぺらぺらな手袋を一段とハッキリ映し出した。ちょっと指を丸めてみても、やはりぺらぺらは隠れない。
『(こんなときに・・・)』
恥ずかしさを感じながらも、右手で会陰部分を押さえ、左手で赤ちゃんの頭を保護しようと手を向けた。

時刻は夜の11時30分近く。

昼の12時から勤務が始まったので、もう12時間近く立ったままの状態だった。気を抜くタイミングがまだわからなかったので、休憩もほとんどなくフラフラに近かった。お母さんも病院に来たのが昼の一時ぐらいだったので、10時間の産みの苦しみを終えてようやく生まれる時が来た。

そして、陣痛が強くなって来たので、力んでと言った瞬間、赤ちゃんの頭が一気に一度の力みで出てきてしまった。出てくる瞬間に会陰を右手で保護していたが、急に赤ちゃんが出てきたことによって、会陰が十分に進展しないまま出てしまい、結果的に会陰が避けてしまった。

右手にその避けた時の感覚が伝わった。

手の下を見ると、肛門辺りまで避けていた。しかし、先に赤ちゃんを取り上げるほうが先決。赤ちゃんを見ると、へその緒が首に巻きついているので、逆側に赤ちゃんを反転させることになった。肩を出すと、スルッとあかちゃんが出てきた。
『 Congratulation! 』
部屋にいたみんなが、お母さんとずっと手を握り締めていたお父さんに祝福の言葉を投げかけた。
『 あ~・・・ありがとう・・・あぁぁ~・・』
そう言うと、お母さんに満面の笑みがこぼれ、安心したように息を大きく吐いた。


取り上げて数秒すると、赤ちゃんは大きな声で鳴き始めた。
『 ・・・・・・・・・・・おぎゃ~おぎゃ~!!』
部屋一面に元気な赤ちゃんの声が鳴り響いた。この声は、本当にどんなものにも勝らないほど心地よい音楽のようだ。


そんな感動的な状態に浸ってれたのも数秒、お母さんの膣からはどくどくと出血しているのは、誰の目からも明らかだった。へその緒をクランプし、なかなか切れないへその緒を切った。と同時にまわりのスタッフも一斉に動き出した。

アナはオキシトシンを足に注射し、そして胎盤娩出の仕方を私に教えながら、私もその通り行った。5分後胎盤が多量の出血と共に娩出された。あたりに鉄臭い血液の匂いが充満した。側にいたシニア助産師が縫合の準備に取り掛かった。イギリスでは縫合も助産師の仕事だ。

両足を上に固定させ、会陰部分に光を照らすと、肛門の側までジグザグに避けているのがよく見えた。
『 (私の責任・・・・・)』
手に避けた感覚を感じた時からその不安があった。


硬膜外麻酔を行っていたので、そのまますぐに縫合に取り掛かった。シニア助産師はすばやかった。すぐに膣内から縫合に取り掛かり、5分もかからない内に膣内の縫合を終えた。しかし、思った以上に出血がひどかったために、Drが縫合することになった。
『(・・・・さむい・・・・)』
お母さんがそう言うと、先ほどのシニア助産師は銀色の体温を逃がさないセロハン紙のようなものを体に巻きつけ、酸素マスクを顔に付けた。(後で知ったことですが、出血のあるときに保温は厳禁です。)アナは右手にカニューレを通していた。血圧を測ると
『 90/60 』
Drが縫合に取り掛かるのを後ろで見ていると、血液がまるで蛇口の水が水滴のように流れるのでなくつーっと絶え間なく流れているのが見えた。

Drは立ち上がり、血液凝固剤の入った点滴パックをおもむろに手で握り締め、強制的に300ml静脈に流し込んだ。初めて見るすごい光景に唖然としてしまった。でも、それぐらいしないと出血量に間に合わない感じもした。
『ピピイッ・・・・・!ピピイ・・・・!』
血圧計が数値が低すぎて、測れないために音が鳴っている。もう一度測りなおすと血圧は上が80、下が55にまで下がっていた。お母さんの血色もだんだんと青白くなってきた。お父さんはお母さんの危険な状態がわからない様子で、椅子に座って笑顔で赤ちゃんをあやしていた。こういうときこそ、手お握って側についてないとだめなのに・・・

血圧はとうとう75、45にまで下がった。

会陰部分においていた縫合用のシーツは血で一杯に染まっていた。もう時間は12時半を過ぎようとしていた。産まれてから30分が経過していた。Drの指示により縫合をオペ室ですることになった。それに応じて介助も夜勤スタッフに任せることになった。
部屋を出る時、お母さんとお父さんが感謝の言葉をくれた。しかし、私の中ではもしかして自分の責任ではという思いもあって、素直には喜べなかった。それに、お母さんが危険な状態であるのに、そのまま放り出していくのも気が気でなかった。帰る足取りも重く、部屋に戻ると、疲れがどっと押し寄せてきた。

あまり深く眠ることはできなかった。

:::::::::::::::::::::::::::::::::::

二日後・・・・

仕事がなかったものの、気になって様子を見に病棟へと出かけた。病室に行くと、お母さんが赤ちゃんを抱いて立っていて、驚いた。
『ハっハロ~!大丈夫ですか?立って?』
『ええ・・大丈夫よ・・今から病棟に移るのよ、いつ帰ったの?よく覚えてないわ』
『え~と、12時半ぐらいです。』
『あっそう・・・あの後、ちょっと大変だったのよ』
『えっ・・そうなんですか・・・でも、今は顔色も良いしホッとしました。』
そうして、病棟に移る準備を手伝い、カルテを見せてもらうと、あの後オペ室で意識を失い、救急蘇生、そして緊急輸血を2L行っていた。血圧も65・35まで下がり、出血量も1500mlと書いてあるのでかなり危険な状態であったに違いない。

病棟でアナに出会ったので、どうしてこんなになったのか、会陰裂傷は私の責任なのか聞いてみた。そうすると、
『全くあなたのせいではないのよ。心配しなくても良いわ。彼女の子宮がかなり下向きに向いて肛門に近かったのは知ってたわよね。それに開大するまえから出血も見られてたでしょっ。それもあるわ。それに・・・・』と、いろいろと説明をしてくれて、ようやく胸のつかいが取れた。

いろいろ慌しかったがいろんな勉強をさせてもらった病院実習初日だった。
by babyinuk | 2004-03-30 13:29 | 助産